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市営球場跡の公園。日ハムの二軍練習場でした。亡き大沢監督時代の日ハムで、江夏居ましたねえ。オープン戦では、晩年の南海 野村のフリーバッティング すごかった。GWのお天気の公園、ちびちゃん達が大勢遊んでいて 気の利いたベンチがあって 知恵の神様 フクロウが見守っていて WCもすごく綺麗だたし 良い公園でした。維持管理は、大変だろうけど子供の声が響く公園は、永遠に残してほしいものです。

鳴門の健児 製造所 徳島県立 鳴門高等学校 市内の別の高校の校名が変わってしまって寂しい限りです。ココは、変わらんといてほしい。

一番大きい小学校。ウチの小学校から見ると化けもんくらいでっかく感じた小学校で、同学年の生徒さんが 大きくて賢そうに見えたのは、事実です。ウチの校区とこの学校の間には、大きな塩田があってその中を一本の細い道路が有るだけでした。お互いその道路までが、校区だったので塩田を抜けて球場付近で遊ぶことはすなわち校区外
。でも、給食パン工場は、いつも良い匂いだった。

前回は、黒崎の三八で嫁さんに駄目だしされたので、今回は一人で斉田店。焼きそば?お好み焼きのお客さんの方が多いみたいで、ラーメンだけのお客は僕だけ??状態。一応納得したので、次回は昔よく行った徳島のラーメン屋さんと豚まんを探しに行こうと思いました。
会社関係のお土産を買って宅急便で送り、歩き疲れたので喫茶店でもと思ったけど看板見えないしベンチでもと探すウチに駅の方に行ってしまい

去年TVニュースで流れていた、傾いたビルの基礎発見。隣のビルもちょっと傾いてたなあ。鉄骨造の建物のようだけど基礎を見る限り部分的に割れているわけでもなく地盤が原因のようですが、基礎まで掘り起こしていないのが予算上なのか保証問題なのか???埋め立て地なのでその辺りが原因なんでしょうか?


とうとう、鳴門駅まで来てしまった。一両編成のディーゼル車に思わず撮り鉄になってしまいました。クラブか何かの練習試合帰りの高校生が乗ってました。運行表を見る限り、運転本数は少ないようですね。駅のベンチで、一休みしながらホテルに電話入れまして、ちょっと早めにチェックインさせてもらうお願い。 OKでました。
続く
その2
電車通勤になってから、道草とまでは行かないけど途中デジカメで写真を撮ったり、少し遠回りしたりしています。季節を肌で感じられます。

僕の小学校。小さな学校で、僕らの学年は32人しかいなかったから、6年間みんな同じクラスでした。校舎も二階建てでしたからあの頃のまんまなんだろうか?体育館は、亡き親父が建てました。僕が高校生の頃だから35年前?あの頃が、親父が一番格好良かった時代。
ココまでの道のり、小学校以来歩きましたがその頃は、やたら長かった記憶があるんだけどあっという間でした。それと、道幅の狭さに驚いちゃった。こんな、道だったかな~~の繰り返し でも地図で見ると合ってる道だったんですね。

学校裏の通称 氏神さん 秋祭りには神社の御輿と各町の太鼓御輿が境内を駆け回る、一大行事だったんだけど 現在は存続しているんでしょうか?ここから、薬師堂を目指したのですが、当時の道が解らなくなってしまい 迷子状態。
仕方なく携帯で地図を出して 一度広い道まで出て再挑戦。

ここの正式名は、解りません。僕らは、お薬師っさんって呼んでました。中学の途中まで、このあたりに住んでいましたので、ここも遊び場。
ココには、忘れられない思い出があって。今でも母親が、吹き出すようなしょうもない事なんですけどね。
題して 「くたばれほうれん草」
僕は、食べ物の好き嫌いは、ほとんどありません。だけど子供の頃、どうしても好きになれなかった大人の味って有りませんでしたか? その 最たる物が ほうれん草。今と違って、その頃のほうれん草の味って、今よりずっと濃かったように思うのです。葉っぱはずっと、青臭かったし、根っこの赤いところは微妙な味で
アニメ ポパイの終盤に登場してくるほうれん草の缶詰を食べた後のポパイの大活躍は、面白かったけど ほうれん草のおひたしは、鰹節をかけたり ゴマふってお醤油を多めにかけても まずかった。卵との炒め物にしても、暖かい卵は美味しかったけど、冷たくなってしまったほうれん草は青臭さが鼻について喉を通りませんでした。母親は、少しだけでも食べさせようとデザートで釣ったりあの手この手で攻撃してくるわけで こっちも精一杯の抵抗をするんだけど鼻をつまんで丸呑みするまで 一人テーブルに残されいたのでした。タマなし自転車(補助輪無し自転車)に乗れるようになった頃だから幼稚園の年長さんか小学校一年生?懲りもせず食卓に出てきたほうれん草を前についに僕は反撃に出たのでした。
”父さん、母さん、ほうれん草 もういやや。どうやったら、一生食べなくっても良い?”
・・・・・。
”今から、お薬師っさんのてっぺんの鐘付いてきたら、許してくれる?”
両親とも顔を見合わすだけだったような。
街灯もない田舎道で外は真っ暗、道は途中で車も通れないほどのあぜ道になります。自転車に懐中電灯をくくりつけで、
半べそかきながら行きましたよ。ほうれん草食べるより、ましやったもん もうそれだけ。上のお堂に行くには、写真のように階段が二本あって 最初の写真の階段は直線、後の写真の階段は、途中で曲がってるんですよ。僕の家は、後の階段がほんの15Mほど近かった。今でも覚えていますが石段の途中で、家の方を見ると家の雨戸を開けた窓に両親のシルエットはっきり見えました。怖くて吐きそうなくらいびくびくしながら、真っ暗な石段を駆け上り、上のお堂の鐘を思いっきり付いて、一目散に帰ってきました。
母さんも、父さんもあきれ顔だったなあ。 もちろん、約束でしたからテーブルの上のほうれん草は、片付けてました。
今でも、母親はほうれん草料理を出すたびに、息子達には、 ”あんたらのお父さんには、ほうれん草もったいないからあげへんねん。”って 笑いながらぼついてますわ。
この写真見せたら、また 笑い転げるんだろうなあ。

上のお堂から階段を降りていたら、途中ですれ違った近所のおばさんに声をかけられました。”こんな、ところを見に上がるなんて珍しいねえ!どこから来たん?”
不審者に見られてる感じ。 ”ウチは、バラ餅用の葉っぱを探しに来たんやけどな”
自殺志願者にでも勘違いされたら困るので
”僕ね、40年ほど前この当たりに住んでいて、ここは遊び場だったんですよ。”って言うたら おばちゃんのおしゃべりが炸裂
どの辺に住んでたん、同級生の名前は? あの辺りは ○○組という地域別けがあるので昔の住所を軽く教えると納得してくれましたね。
1時間ほど、ブラブラしたのでお昼過ぎてしまいました。高校でも見てから三八に行こう。
続く
先週は高校時代の同窓会が有りましたので、故郷に帰郷してきました。僕の故郷は、徳島県鳴門市です。前回は、自家用車で帰ったのですが、渋滞に巻き込まれて運転してても、全然面白くなかったので、今回は高速バス。
名神高速は、少し渋滞していたのでルート変更したようですが30分遅れで鳴門に到着。好天で初夏です。空というか、空気が綺麗なのとやっぱり海の色がねえ ええのよ!! 群青色でねえ、いつも釣りしてる日本海の深緑とは違う 海らしい海の色。
ホテルのチェックインまで時間があるので、まずはご先祖様にご挨拶しなければと、競艇場の向かいの母方の墓地へ。食堂の裏あたりで目印の木を探すんだけど見当たらない
水の入ったバケツを片手にウロウロ よそ様のお墓をチラ見しながら 探しました。結局最初に行った場所が、正解だったのですが目印の木が、無かったものだから慌てちゃったのね。
だから次回、迷わないようにお墓の写真撮しときました アハハ。
競艇場の横を走る小鳴門橋の橋脚は、鍋島 と呼ばれる小島の上に建っています。おじいさんが、小さな釣り船を持っていたので幼い頃この鍋島の周りによく連れて行ってもらいました。おじいさんが、蛸を捕っている間僕は、竿で適当に釣っていましたが、タダ、餌を付けて放り込むだけでカレイ、キス、カマスなんかがねよく釣れましたよ。

高速バス待合所の横の細い道が、僕の故郷に続く道なのです。澪【みお】 確かそう呼んでたような塩田に海水のを引き込む水路に、おじいさんの船も繋いであった、ココはお気に入りの遊び場でした。引き潮の時に砂地を掘れば釣り餌のゴカイは取り放題、アオサの陰には大きなガザミ(ワタリガニ)が隠れてましたけど三つ叉で突いて、ばあちゃんに味噌汁にしてもらって半分じいさんにあげたり・・・・。だけど、今回横を歩いて改めて感じましたが、生活排水路みたいになってしまってました。 ちょっと 残念。

この道の曲がり具合、記憶に残ってました。昔、この道の右側は塩田でした。


これは、造酒屋さん(日本酒)の跡。道を挟んで、両側が工場の建物でした両側の建物に挟まれてこの道は、薄暗かった。そして、年中お酒の香りがしてたなあ~。
続く
二号君は、ノー天気な性格なので登録落ち「俗に言う、新古車」の軽自動車をローンで買わはりました。普通車の中古(ボディーの強度がねえ。)を勧めたのですが、勝手に決めてきてしまったのでそれ以上は言いませんでしたが、任意保険だけは入っておかないと何をしでかすか解らないので、オイラのお世話になっているディーラーさん経由で車両保険を含めて契約させたのです。納車後、仕事から帰るたびに短時間ながら、乗っていたらしいのですが先週の土曜日やってくれました。女房の方に、ディーラーの営業さんから電話が入り(○○ちゃん やらはりましたわァ。怪我無く、先方さんにも了承が得られたので保険を使います・・・・・。)ヤツに聞いたところ、友人との連絡を停車して済ました後、駅前のロータリの入ったところ合流に失敗して(不慣れ)接触してしまったらしいのですね。
もう、見積書みて笑ってしまいましたわ、 三日で 事故ですからねえ。
運転が下手なんやろか?
とりあえず、保険屋さんがすべてやってくれるらしいのですが後のことは自分で解決しなさいと
突き放しました。
一号曰く 俺の予想通り お父はグズグズ言わへんなあ~~~~
けどな、正直のところ 人身事故でなくて胸をなで下ろしてるんですよ 手の掛かる二号君、もうちょっとしゃきっとしてくれへんかねえ。